常世の国の恋物語百・第26話

朗読舞劇「難台山城 落城哀歌」 脚本 白井啓治

 

脚本のモチーフとした岩間の伝え話

「難台山の赤すすき」

時は、権力者たちの勝手な争いの止まなかった南北朝時代のこと。南朝方の忠臣小田五郎藤綱は、岩間の難台山の上に城を築いて立てこもり、気勢をあげました。

これに対し、北朝方の足利氏満の命を受けた上杉朝宗は、三千余りの軍勢を引き連れて舘岸山に朝日城を築いて対陣しました。

大軍をようする上杉勢と、険しい場所に築城して地の利を生かした攻めの上手な小田勢との争いは、日増しに激しくなり傷を負う者、討ち死にする者など多数あらわれてきました。

高い場所から大石を転がして敵を倒し、浮き足立った兵士に矢を射かける小田勢の神出鬼没の戦略を攻めあぐねた上杉勢は、戦略を兵糧攻めに転じたのでした。ただでさえ水と食料の確保が困難な山城のこと、兵糧の届かなくなった城中の悲惨さは日に日に高まっていきました。

木の実、草の根、野草を摘みそれに少量の穀物をまぜておかゆとし、それをすすって飢えをしのいでおりましたが、みな疲れ果てて痩せ細り大声を立てる者さえいなくなくなりました。上杉勢は、ときの声をあげ攻めのぼる気配を見せました。

「もはやこれまで」と思った小田五郎藤綱は、妻をそば近く招き寄せると、

「わしは、ここで討ち死にの覚悟を決めた。そなたは三歳の亀若丸をつれて城を落ち延びるのじゃ。縁故を頼って亀若丸を養育し成人の暁には、南朝の家名をあげよ」

と言い聞かせ、水盃をくみ交わすと、家来を供につけ夕闇にまぎれて西の峰をよじ登らせました。

奥方と亀若丸の一行は、人の通らぬ獣道の藪をかきわけ、藤づるにすがりながら追手を恐れて灯もつけず、ただ一心に神仏の加護を念じながら登って行きました。

旅慣れぬ身に幼子を抱き、茨やススキに手足を傷つけながらも真夜中ごろに山頂の辺りにたどり着きました。

一息入れるのももどかしく、梢よりもれる月の光をたよりに険しい山路を西の方へと下って行きました。真っ暗で道はなく、行けども行けどもシュウシュウと梢を渡る風の音ばかり。声も立てずに歩く一行に、亀若丸のひもじさに泣く声が一層哀れさを募らせました。「もしやこの声、追手に聞かれはせぬか」と思わず亀若の口を袖で被うのでした。

やがて一行は、人目を避けてススキの原に迷い込みました。一面に生い茂ったススキの群、行く先も後も見えず、唯ざわざわと鳴る葉ずれの音ばかり。進んではつまづき、つまづいては血を流す。転ばぬようにと手をのべればススキの鋭い葉先に傷つけられる。

「早く逃げなければ」と心はあせるが足が動かない。一行は奥方を励ましながら「若を連れて、夜明けまでに麓まで行かなければ」と、その一念で麓を目指してさまよいました。

旅慣れぬ奥方の、まして子連れの身。手足より血を流しての山路行き。その無念さに落した涙の一粒一粒が怨霊となってこの地に留まり、ススキの葉に宿ったのかもわかりません。

いつの頃からか難台山中に生えるススキの中に、まるで血を塗ったように根本が真赤なススキや、葉の一部に点々と血をつけたように赤い斑点のあるススキが生えるようになりました。これを「難台山の赤すすき」といって、難台城の落城秘話の一つとして語り伝えられています。

 

物語の概要を脚本の(序)より紹介

 

日本史を学ぶとき最もややこしく、また難解と感じるのは1330年代から1390年代にかけての「南北朝時代」だと言われております。天皇家の財産をめぐっての相続争いに大義名分を用いて国中を混乱に落しめたのであるから、ややこしく難解になるのも道理である。その上、現在の天皇はその当時、覇権を握っていた天皇家と強く対立した系統だと知れば、その支離滅裂ぶりにあきれ返ると同時に、?…どうなっているんだ、と頭がこんがらがって来る。

南だ北だと半世紀以上にわたり国中に争乱が続いたのだったが、常陸の国での最後の戦いとなったのがこれからお話しして参ります難台山城の攻防であった。

この戦いは、南朝方の小田城主、小田孝朝が首謀者であると言われているが、実際の首謀者はお騒がせ者の小山義政の遺児、小山若犬丸でありこれに同調したのは孝朝の弟五郎藤綱であった。

難台山城の攻防は一年余りで終決するのであるが、小田五郎藤綱は、負け戦を認めると、妻子を夜陰に逃がし、自らは城に火を放ち、切腹して果てたと言われている。この合戦で南朝方の勢力は壊滅し、常陸の国における南北朝争乱はこれをもって終わりを告げた。

常陸国最後の南北朝争乱であったからではないだろうが、岩間の地域を中心に、小田五郎藤綱にまつわる話しが幾多伝えられていたが、今ではその殆どが捨てられ、僅かに石岡市八郷地区に「有明の松」が、笠間市岩間地区に

「難台山の赤すすき」が残されてあるのみである。

小田五郎藤綱は兄の孝朝を凌ぐ聡明な武将と言われていたが、それが何故、姑息な妄執だけの小山若犬丸の誘いに乗って難台山城に立て籠ったのかは、表に伝えられるものは何もない。

しかし、岩間は押辺村の由来とも言われる「子忍の森」に、知る人もなくひっそりと隠された秘話に藤綱の物語を見ることが出来る。

 

  子忍の森に舞う藤綱の妻、その舞歌


(一の舞=おろか)

男の愚かも

女の愚かも

愚かに違いはない

男にも

女にも

愚かとは盲目すること

男の盲目は世間への見栄と己への見栄

女の盲目は心の未練

この世のすべてに不変という永遠はない  

(二の舞=あなたへ)

今あなたを失ったら

あなたの

もう二度と私の前に現れないであろう

美しい心を失ったら

私の私を声する心も

言葉も

無用となってしまうでしょう

怒りも

喜びも

安静も

無用のものとなってしまうでしょう

私が今あなたを失ったら

あなたの心を汲む

この唇も

意味の無い筒の入口になってしまうでしょう  

(三の舞=言葉は…)

あなたは言葉は嫌いだという

あなたは

自分を解ってもらおうとしないのかといえば

決してそうではない

何も言わないで

自分のことを全て解れと

無言で私に命令する

言葉は嫌いだといいながら

あなたは無言に

私への要求の言葉だけを

天に高くまで積み上げる

私には

あなたの無言に要求する

言葉の頂上が

あまりに遠すぎて

聞くことが出来ない  

 


(四の舞=もう考えることは…)

私は

もう考えることはやめにします

あなたの人生は

あなたのものなのですから

あなたの好きに

自由に

お使いください

もし私があなたにそう断言できたら

私はどんなに心が楽になることだろうか

でも…

私があなたにそう断言したら

私の人生はそこで終わります

雑木林に行き倒れて

この脳みそを

カラスどもに突ッつかれて終えてしまうのです

希望を捨てることができるのなら

夢を捨てることができるのなら

あなたの人生なのですから

あなたの好きに

自由にお使いください

私に今

勇気というものが少しでも残っていたら

優しくあなたにそう断言してあげるでしょう

そして

私のもう使い物にならない脳みそは

黒いカラスたちよ

お前たちにくれてあげよう  

(五の舞=微笑むだけ)

あなたは今日も微笑んでいる

あなたは昨日も微笑んでいた

あなたはただ微笑むだけ

常世の国に風が流れて

春が来て

花が咲いて

鳥が歌って

私のあなたを見つめる瞳が

どんなに

淋しさを表し

涙を流しても

あなたはただ微笑むだけ